2010年1月22日に開催されたイベントの一部をまとめたものです。
速水「まず『明治 大正 昭和 不良少女伝---莫連女と少女ギャング団』の、「莫連」とはどういう意味なのか」
平山「莫は「莫(な)かれ」の意。「莫逆の友」が「逆らうこと莫し」の書き下し文であることから類推すると「連れ莫し」、はぐれ者のような意味ではないか。莫連女は不良少女誕生以前の存在、毒婦や悪女の系譜だろう。毒婦や悪女は江戸時代に生きた(とされる)女性の話を人形浄瑠璃や歌舞伎やつづきものとして新聞連載したことで広まった。」速水「彼女たちの出身階級的などは傾向があるのか? 特に大正時代前半は第一次世界大戦の戦争景気に沸き、工業をはじめとする産業の勃興期にあたる」
平山「私がとりあげた明治の不良少女は、下町の商店の娘など中の下の階級が多い。以降、上流から下層までそれぞれにそれぞれの不良がいた。大正から昭和にかけては、下層から成金までがいた。」
速水「当時の商店の娘は、中流だったかも。大正時代は、サービス業をはじめとした第三次産業が発展して、賃金都市生活者が増える。「ジャンヌダークのおきみ」が丸ビルのタイピストだったのは、そうした背景があった。第一次、二次産業からは不良少女が現れにくいのかもしれない」
平山「サービスやインフラが発達すれば若者にも犯罪を含めたさまざまな機会が増える。それと同時に、オフィスガールたちの給料も男性の半分程度で、売春を含む副業も勘ぐられた。美醜によって給料が違うこともあったと大正14年の読売の記事にある。美女で重役にかわいがられている人の給料は高い、と。」速水「不良少女たちの娯楽は何だったのか? 小説は読むという話が書かれていたけど」
平山「モガが『キング』を読んでいたことを隣人が暴露する記事もあった。自然主義文学が中流の人間を堕落させたという論調もあった。文学少女と不良少女を同義語とする説があり、その場合は性的に発展家だという意味のようだ」
速水「当時の不良少女たちは、みんな通称名が付けられているが、あれは新聞が勝手に名付けたものなのか?」
平山「『ガルボのお政』などのふたつ名を、啖呵をきって自称する子もいた。」
速水「当時の新聞は、報道機関の部分とアミューズメント要素が混ざっていた。不良少女の記事は、事件報道ではなく読み物として掲載されていたのでは」
平山「というより、メディアが取り上げたときに虚構になる。不良少女自体は虚構ではない。二面性ということでいえば、最近起こった結婚詐欺事件の容疑者はネット上で美人セレブを装っていた。ブログに記号を並べれば今や自宅にいながらセレブになれる」
速水「メディアの変化という視点で、女性の事件史を辿るのはおもしろい。『明治 大正 昭和 不良少女伝---莫連女と少女ギャング団』のおもしろさは、大衆メディアの台頭期に、彼らが何を伝えていたかというのがわかる部分にあった。」
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